「子ども食堂」という名の「おとな食堂」になっていないか?とう言う記事を見つけました
「子ども食堂」について良記事を見つけましたので個人的メモもかねて紹介します。
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以下記事を引用。下記にもある様に大人がこだわりをもって「子ども食堂」をするほど、本当に必要な子たちが居づらくなると言う事。これはとても感じていたことです。
食育や地産池消、地域交流、異世代交流などの多様なことを子ども食堂に期待される方はたくさんいます。しかし、この期待を押し付けることで、子どもの貧困対策として逆効果となることがあります。「食事前には手を洗ってね」「ここに来たらみんなで一斉にご飯食べようね」「野菜を全部食べてね」と大人から急に「良い子ちゃん」を求められても、経済的に困難を抱えている家庭の子ども達の多くは、自己肯定感が上手く育っておらず、「今の自分が何も出来ていない」「出来ていない自分はダメな子だ」と感じてしまい、居づらくなってしまいます。大人の理想と子どもの置かれている現実の差が、子どもを参加し難くさせてしまっているので
子ども食堂はある意味「おとな食堂」になっているのかもしれません。大人の理想でオープンして、大人の都合で月に開催される頻度が決まっていて、大人の都合で参加費が決められていて、大人の理想で良い子ちゃんが押し付けられる、やっている大人だけが充実感を感じている。
本当に子どものためを思うのであれば、子どもが本当に必要としているもの、子どもが本当にしたいことにもっと目や耳を向けてほしいと思います。子どもは言葉以外で、メッセージを発しています。子どものメッセージと向き合うことで、子ども食堂という手段に終わらず、子どもの貧困対策としてさらに一歩先へ進むことができるのではないでしょうか?