国道43号線の伝法大橋の右岸を阪神電鉄なんば線の伝法大橋のほうに曲がって踏み切りを渡ると大塚切れ洪水碑 (わざと切れ碑)があります。
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大正6年(1917)10月1日午前8時40分、高槻市大塚の堤防が台風による連日の大雨により決壊し、高槻から下流は今の西淀川区までに甚大な被害をもたらしました。これが世に言う「大塚切れ」です。この時はここ福村では、1ケ月に渡り浸水し、その排水(水に浸かった土地より淀川の数位のほうが低くなったので)のため、約二百メートルの個所で淀川の堤防を切開たということです。その場所に碑が立っています。洪水排水のため、「わざと」堤防を切った「わざと切れ」は、明治18年の枚方の伊加賀切れの時も島区網島にもあります。

この大塚って文字はこの話を知らなければ地名なのか、人の名前なのかわかりません。この大塚が高槻市の大塚と知ってる人は西淀川区の人でも意外と少ないようです。

ここは人通りもほとんどないために碑の周りも草に覆われています。地域でも知らない人も多いこの碑。あの洪水を忘れないためにと昔の人が作ったこの碑から学び水害に備えることが大事だと思います。
名称:大塚切れ洪水碑 (わざと切れ碑)
住所:〒555-0034 大阪府大阪市西淀川区福町1丁目 付近
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